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大阪高等裁判所 昭和50年(ツ)25号 判決 1975年10月28日

上告人 堅田貞男

被上告人 益岡国弘

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所に差戻す。

理由

上告理由第一、二点について。

被上告人の本訴請求原因の要旨は、「被上告人、上告人間の債務名義として本件公正証書が存するところ、右公正証書には、上告人は昭和四四年四月三〇日庶民住宅株式会社(代表者岡林重男。以下、庶民住宅という。)に対し金三五〇万円を貸し付け、そのさい、被上告人は上告人に対し右庶民住宅の債務につき連帯保証をした旨の記載および執行認諾の文言がある。しかし、上告人は庶民住宅に対し何ら右に照応する金銭の交付をしていないから、右公正証書記載の消費貸借は存在しない。よって、被上告人は上告人の右公正証書に基く具体的執行の排除を求める。」というにあるところ、これに対する上告人の原審における主張は、原判決引用にかかる第一審判決の事実摘示によると「1、上告人は金融業者であるが、前から訴外株式会社寿商店(主宰者端山繁太郎)、同株式会社丸繁(主宰者端山繁太郎)および同松原二郎と手形割引の方法による金銭貸付取引を続けていた。2、右三者は実質的に同一の人格であったが、株式会社丸繁および松原二郎は上告人に対して多額の未払の貸金債務があった。3、上告人は、昭和四四年四月三〇日松原二郎を通じて端山繁太郎からの庶民住宅振出の手形九枚額面合計四、二一七、〇〇〇円の割引の依頼を受けたが、種々折衝の結果、庶民住宅および被上告人の各限度額を三五〇万円とする連帯保証の下に、上告人と株式会社丸繁および松原二郎との間に次のような合意が成立した。イ、右手形のうち七枚額面合計三、二一七、〇〇〇円を、株式会社丸繁および松原二郎の上告人に対する既存残債務の弁済に充当する。ロ、残二枚額面合計一〇〇万円の手形を割引いて株式会社寿商店に金銭を貸与する。上告人は右合意に基づき、株式会社丸繁および松原二郎から右手形九枚を受取り、ロの手形割引金を株式会社寿商店に交付した。即ち、上告人が手形割引の方法で金銭の貸付をしたのは、庶民住宅や被上告人に対してではなく、右訴外会社に対してである。4、そこで、上告人は、予め庶民住宅および被上告人との間に結んでいた右保証契約に基づき、同人らから預っていた委任状や印鑑証明を使用して、右訴外会社に対する貸金債権のうち三五〇万円につき本件公正証書を作成したものである。」というのである。

しかして、原判決が、上告人の右主張にこたえて、「上告人は庶民住宅に対し金銭を貸付けたことはない旨主張するのであって、結局上告人は右公正証書表示の主たる債務の不存在(不成立)を自認するものである。してみると、主たる債務はもともと存在しなかったというほかなく、被上告人の保証債務も成立するに由ないものというべきである。なお、付言するに上告人は本件公正証書は、上告人が手形割引の方法により訴外株式会社寿商店に対し金員を貸付けるに際し、被上告人および前記庶民住宅が各自金三五〇万円を限度として連帯保証したので、右連帯保証契約に基づき、同人らから預っていた委任状等を使用して、右訴外株式会社寿商店に対する貸付債権のうち金三五〇万円につき、作成したものである旨主張するのであるが、本件公正証書記載の債権は前記のとおりである。」と説示して、上告人の主張は主張自体失当である、と判断し、結局、被上告人の請求を認容したことは原判文に照らし明らかである。しかして、記録によれば、上告人は原審の第二回口頭弁論において第一審判決事実摘示のとおり第一審口頭弁論の結果を陳述していることが認められるから、この限りにおいて、原審の右判断は上告人の主張そのものにこたえたものとして一応正当といわねばならない。

しかし、一般に、当事者(被告)が相手方原告の請求を棄却する旨の判決を求めたうえ、原告の主張または請求を明らかに争う趣旨の事実上の主張をしているにもかかわらず、該主張が必らずしも(被告の)防禦方法として適切でないような場合には、裁判所としては、被告の主張を綜合的に判断し、できるかぎり、そのいわんとする真意を釈明させて、その主張を整えさせるべき義務があると解すべきである。

これを本件についてみるに、記録によれば、上告人は原審第二回口頭弁論において、前記のような結果陳述をしたほか、昭和四九年一二月六日付準備書面に基き、「本件公正証書は上告人提出の手形割引約定書(乙第一号証)明記の契約に従い正当に作成されたものであることは、上告人が原審で詳述している。」旨陳述していること、また、上告人は第一審における第四回口頭弁論において昭和四八年五月二九日付準備書面に基く陳述をしているところ、右陳述は、「上告人は、金融業者であるが、昭和四三年一〇月ごろから株式会社丸繁(代表者端山繁太郎)および松原二郎に手形割引による金銭貸付をしていたところ、右割引手形に不渡事故が発生した。しかるに、両名は昭和四四年三月なおも上告人に対し手形の割引を懇請し、庶民住宅振出しにかかる所論九通の約束手形を持参した。そこで、上告人は、右割引に応ずる条件について折衝の末、貸付取引の相手方を不渡事故をおこしていない前記端山の主宰する休眠会社である株式会社寿商店として、形式上は新規の取引とし、さらに、前記約定書(乙第一号証)に基き、前記手形の振出人庶民住宅を主債務者、被上告人ほか二名を連帯保証人とすることとし、昭和四四年四月三〇日、関係人の承諾をえたうえ(ただし、その額を三五〇万円とした。)、前記手形割引の申入れに応じた。ただし、割引手形九通のうち二通(額面各五〇万円のもの)は現実の割引をしたが、その余の七通(額面合計三、二一七、〇〇〇円)については、寿商店と合意のうえ、その割引金を、当初の丸繁または松原二郎に対する貸付金に弁済充当することとなった。したがって、右手形の割引貸付先は庶民住宅ではなく、また、被上告人でもなく、寿商店にほかならないが、上告人が被上告人に対し本件公正証書記載の請求権を有することは、上来の主張によって明らかである。」との趣旨に理解できないではない部分の存することが認められる。

一方、さらに記録によれば、乙第一号証(前記手形割引約定書)は、主債務者を庶民住宅とし、連帯保証人を被上告人ほか二名のものとして上告人に差入れられた昭和四四年四月三〇日付の書面であって、その冒頭には、所論のとおり「債務者(庶民住宅)または連帯保証人(被上告人ほか二名)が振出、裏書等した手形を貴殿(上告人)が第三者との取引により取得されたときはこの約定を適用されても異議ありません。」との記載の存することが窺えるのであって、もし、右記載が有効に締結された契約内容であることが認定しうるのであれば、原裁判所としては、すべからく、前記説示のとおり、上告人の言わんとする真意を明らかにし、右契約内容等に照らし、本件公正証書の記載が果して事実と吻合するものであるか否か、かりに多少の吻合しない記載部分が存するとしても、本件公正証書はなおその執行力を具有するものであると解すべきか否か等について、すすんで審究すべきである。

しかるに、以上のような点に思いを到すことなく、漫然、上告人の主張は主張自体失当であると判断した原判決には自らの求釈明の義務を怠り、審理を尽くしていない違法が存し、右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よって、民訴法四〇七条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 井上三郎 判事 戸根住夫 畑郁夫)

<以下省略>

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